風の言葉 – 71

……正直者がバカを見ない世界?

……これからは、正直者がバカを見ない世界が来ます!

その言葉を信じて、古今東西より多くの人の命が散っていったよ。
時に聖人が、時に独裁者が、静かに、或いは熱く語ったけれど、そんな世界は今もずっと来ていない。

なぜだろうね? 人が求めるモノは、何処かに可能性があるものしか望まない。
平和といい、幸福といい、健康といい、全ての願望は、かつて体験した記憶から来ている。
一度、そういう心境にあった。確かに、無限の安心感の下にいた。
それをもう一度……。

失ったのは、なぜ?

エデンからの追放?
バカ言っちゃいけない。
人は、自らの意志で出たのだから……。
それが自我の発動だった。

では、なぜ、正直者がバカを見るのだろう?
誰が悪いのだろう?
さらに、正直者ってなんだろう?

まさか、正直者とは人種や宗教、国を越えて存在する生き物だろうか?

「あの人は正直な人だ」
その噂はよく聞くよね。
けれど、その人に「あなたは正直者なのですか?」と尋ねると、
たいがいの人は「NO!」と答える。

さて、その人のどこが正直者なんだろう?

いやいや、まてまて、その人は自分では気づいていないのかもしれないよ。
自分が伝説の正直者だったなんて知ったら、きっとビックリしちゃうから。

人からは見えて、自分では見えないもの……。
まるで、裸の王様だね。

……広場で群衆が罪のない女に石をぶつけて責めていた。
「この中で、一度もウソをついた事の無い者だけがこの女に石を投げよ」
イエス様がそう言ったとき、誰も石を投げられなかったのを覚えている。
もし、本当にウソをついた事のない正直な人がいて、女に石をぶつけたら? 正直だけど、その人は「いい人」なの?

ならば、正直者がバカを見ない世界ってなんだろう? 君はどう思う?


「自分に正直に……」
その言葉を何処かで聞くたびに、「自分って、どの自分?」と思う。
人は多面体な生き物。自分の中に幾つもの自分がいる。
一人の自分に正直な事は、他の自分からは「ウソをついている」のかもしれない。

だとしたら、正直とは、そのままウソつきでもある。

「これが正しい!」と思っていた事が、じつは正しくなかった事はいっぱいある。
歴史は、いつもあとになってからでないと本当のことはわからない。

一つの視点で見える世界もまたたった一つだけ。
他の世界は、他の視点でないと見えてはこない。

世界を一色に塗ることなんて誰にもできない。
だから、惑わされないように、ネ。

キレイはキタナイ、キタナイはキレイ……。


2012年6月22日 雨のち晴れ

僕は正直者ですか? って。
もちろん、大ウソつきですよ。ええ!