風の言葉 – 58

聖 夜

When You Wish Upon a Star. ……How About You?

……昼間は暖かかったのに、夜になって冷えてきた。
けれども空は晴れていて、銀の下弦の月が頭上にかかっていた。
月の周囲にも、星がまたたいていた。オリオンの三連星、近くには、おおいぬ座のシリウス、こいぬ座のプロキオン、そして、はるか上方にプレアデスが光っていた。

 と、青い星がひとつ、ビロードのような夜空に斜めに横切って消えていった。
 「ねえ、星が流れたよ」
 誰かが囁くように言った。地面のそばから聞こえてくるような小さな声だった。
 「うん……そうだね」
 応(いら)えがあった。子どもの声のようだった。
 「何か、お願いをしたのかい? ピノッキオ」
 「うん、まあ……」
 ピノッキオと呼ばれた人影が振り向いた。
 なんと、それは木で出来た人形だった。

 「君は何か願ったのかい? ジミニー」
 ピノッキオが自分の膝に向かって言った。そこに、小さな虫、コオロギのジミニークリケットが乗っかっていた。
 「内緒だよ、ピノッキオ」
 ジミニーが笑って言った。
 人の言葉を話せる木の人形と、やはり人の言葉を解する小さな昆虫。
 一人? と一匹は、互いに孤独で、しかし、わかり合える友人だった。

 「……ぼくさあ、人間になりたいのかなあ?」
 ふいにピノッキオが聞いた。青いガラス玉の目がくるくる回った。
 「なんだって! 今、なんて言ったんだい?」
 ジミニーは、触角を振るわせて驚いた。
 ピノッキオは、夜空を仰いで続けた。
 「人間になりたいのかなって……」
 「どうしたんだい? いつも、人間になりたかったんだろう」
 その様子に何かを感じたのか、ジミニーが聞いた。
 「うん……、子どものいなかったゼペットさんがボクを造ってくれた。始めは、おじいさんを喜ばせたくて人間になりたいと願っていたんだ」
 「うんうん、そうだろう」
 ジミニーが頷いた。

「でも、ボクたちは、街に出てたくさんの人に出逢ったよね。やさしい人、意地悪な人、ウソつきな人、暴力をふるう人、怒る人、悲しむ人、泣く人……、人間にもいろいろいるんだと思った」
「うんうん、それで……?」
ジミニーの脳裏に、ピノッキオの言った人たちの顔が現れては消えていった。

「人間は、思っていたほど素晴らしいものじゃないかもしれないって……」
ピノッキオの言葉は沈んでいた。
「なぜ、そう思うんだい?」
ジミニーがいたわるように尋ねた。
「……あんまり幸せそうじゃないからかも……」

「でも、ピノッキオ、人間になれたら、美味しいものを腹いっぱい食べられるよ」
「確かにね、でも、すべての人間が美味しいものを食べているの? 飢えている人達もいっぱい見たよね。ボクは、木だからお日様の光と水が少しあれば、食べなくても生きていける。人間は飢えることを恐れ、食べ物の為に争ったりするよ」
「うーん……、でもさ、人間になったら、嬉しいという感情や楽しいという気分を味わえるんだよ」
ジミニーが説得するように言いました。
「でも、同時に、悲しみや憎しみ、恐怖という感情も知ってしまうよね。以前、魔法使いのオズさんの所で会ったブリキの木こりさんは心を欲しがっていたけれど、心をもらって幸せになれたのかしら?」
 
今夜のピノッキオは、どこまでもネガティブでした。けれど、ジミニーはそれを全面否定できない自分を感じていたのです。
地球の自然を破壊し、自分たちの仲間をたくさん絶滅させたきた人間、互いに争って殺し合う戦争を止められない人間、自分の幸せを願いながら、他人の幸せを妬んでしまう人間……、果たして、人間ってそんなにいいものかしら? と思わないでもなかったからです。

 「じゃあ、さっき流れ星を見て、何を願ったのさ?」
 ジミニーは、ピノッキオに尋ねました。人間になりたい事以上のものがあるのなら、自分も知りたいと思ったからです。
 「……笑わない?」
 ピノッキオが恥ずかしそうに言いました。
 「笑うもんか。だから、教えてよ」
 ジミニーが真剣な眼差しで言いました。
 「あのね、人間を超えた人間になれたらいいなあって……」
 「人間を超えた人間だって!?」
 ジミニーが驚いて、声が大きくなりました。

「……うん、戦争のない世界、誰も悲しむ者の無い世界、それは、どこまでも夢でしかないでしょ。人間はそれを克服できないできたから。だったら、それを実現させられる人間って考えてたら、もう、それは人間じゃないのかも……って、そう思えたんだ。だから、人間を超えた人間」
ピノッキオは、自分のアイデアに気恥ずかしそうでした。
ところが、ジミニーは目を輝かせて言いました。
「凄いよ! それ! 僕も賛成! そんな存在にだったら、僕だってなりたいもの」

 「……でも、どうやったら、なれるんだろう?」
 ジミニーがつぶやくように言いました。
 「うーん、それが謎なんだけど……、ところで、ジミニー君は何を願ったの?」
 ピノッキオの真摯な想いを聞いたジミニーは、もう黙っていることが出来ませんでした。
 「あのね……、僕の願いは、ただ一つ。君が幸せになることさ。だから、君の願いはきっと叶うよ!」
 「ジミニー!」
 ピノッキオの目から大粒の涙がこぼれました。
 本当は、こんな夢かないっこないって、秘かに思っていたからです。
 「……だって、ピノッキオという“存在”がこの世界で在るのなら、想うことは叶うのも存在のあり方だと思うから……」
 ジミニーの答えは謎めいていて、ピノッキオには難しいようでした。
 けれども、その時、月が確かに輝いたのです。
 ……そうして、宇宙は、人間ではない者の願いから、新しい世界の創造を夢見たのでした。


2009年12月24日(木)晴れたクリスマス・イブの夜に。 
「……世界が、僕をどう見るのか? 人が僕をどう思うのか? ではなく、僕が世界をどう観るのか? 人間をどう思うのか?
それが一番大きな問題なんだ」と、彼は言ったよ。
彼って、誰? もしかして、立川に居るというセイントお兄さん? 

……今年のクリスマスから、いろんなものが変わり始めるよ。テレビや一般の人には日常は相変わらずに見えるかもしれないけれど。 
だって、内側からだもん。見えないさ。