今週の言葉 – 07

文学は、もの言わぬ神の意志を、言葉にするものなり
仏文学者 芹沢光治良
最近、何度もこの言葉が脳裏をよぎる。
ずっと以前から知っていたはず……、の言葉である。
フランス文学者だった芹沢光治良さんは、86歳の時に病気で死の淵に立ち、天から不思議な声を聞いてから奇跡的に蘇った。それから、亡くなられるまでの十年間に、神様の「世直し」の計画を十冊の本(『神の計画シリーズ』新潮社刊)に記していった。これは、そんな中から生まれてきた「言の葉」だった。
私の「周囲」では、さまざまな本が売られている。
もちろん、「良い本」もたくさんあるが、人の暴力性や欲を刺激する本が店頭に高く積まれている。
そんなとき、「どうして……」と、なんとも言いようのない複雑な想いにかられる。
20世紀は、試行錯誤の時代だった。
人にとって何が良いもので、何が良くないものなのかが混沌としていた。
芹沢さんの言う、「もの言わぬ神の意志」を文学にしていたものは、驚くほど少ないように思う。
そのことは、現代に「言霊の力」が無視されていることと関係しているようだ。
かつて、万葉の歌人、柿本人麻呂は、「大和は言霊の幸はう(たすくる)国ぞ」と詠んだ。
言葉に、人の運命や社会を動かす「鋳型」を創る力があることを古代の人たちは確かに知っていたのだ。
だから、「悪い言葉」が、「悪い運命」を呼び寄せることを疑わなかった。
そういう時代には、言霊の力は威力を増す。言葉一つに、人を生かしたり、殺したりする力があると信じる人が多ければ多いほど、そのエネルギーが強い磁場となって社会に強く働きかける。
祝詞のような「浄化力」のある言葉や文字を扱う者が神官に限られたのも、言葉を神聖なものとして受けとめていたからである。
しかし、現代はその言霊の力を信じる人が少なくなり、時には、言葉を「道具」としてもてあそぶ。
けれども、言葉そのものが力を失ったわけではない。実際に、物理学の分野では、言葉や文字が、「響き」であり、「波動」として、物質を支配する力があることを科学が証明しつつある。
この宇宙も言霊が支配している。実際に、宇宙や各惑星のエネルギーを「文字」として受けとめる人もいる。
そして、エーテル体に包まれた人間の肉体も、言葉や文字の「波動」の影響を受ける。医者の言葉ひとつで、病人を元気にもし、悪化もさせたりもするのは、その証拠である。
言霊は今でも、人の心や運命をも揺り動かしている。
その言霊の組み合わせである「文学」には、力があるはずなのだ。
では、どういう文学が、神さまの意志を継いだものなのか?
それは、神が人間にこうあってほしいと願うものだ。少なくとも、架空であっても「殺人」があるようなものではないはずである。人の心に憎しみや恐怖を育てるものや、欲を刺激するものとも縁遠いにちがいない。
人が、人としての尊厳を思い出すような、私たちが見知らぬ隣人に優しく手をさしのべられるような、そんな心を温かくする本であるはずだ。
本当の文学がたくさん生まれてほしいと願う。
21世紀が、言霊の幸はう時代になるために。