お告げ – 68

ウツ研究家

友人から一枚の写真を見せてもらった。深緑の木々の間を流れ落ちる美しい白い滝の前で写っている記念写真だった。
たくさんの人が、わいわいがやがやと、にぎやかな感じで笑っている、同窓会か? そんな微笑ましい集合写真だった。その一角に友人も写っていた。
「それ、じつは心霊写真なんです……」
友人は、怖いものでも見たように言った。心なしか、指先が震えている。
「えっ、ほんと? どこが?……ちょっと待って、人がいっぱいいるからわかりにくいなあ。肩から手でも出ているの」
ワシは、注意深く探してみた。こういうときは、五円玉を写真に当てて、一人一人、見ていくと、あり得ない角度で出ている足や手が見つかりやすいのだ。
しかし、いくら丹念に調べてみても、肩に乗る手はおろか、怪しい処は何もなかった。写真は、良い天気だったのか、日差しがとても明るく、おまけに写っている全員がにこにこと笑った顔で、陰気のかけらもないのだ。今までの経験から見ても、ここには心霊のかけらも感じられなかった。
「ねえ、これおかしい処はどこにもないけど……」
ワシは笑って写真を返した。どうやら、かつがれたらしい。
しかし、友人は真顔で言った。
「だって、それ、僕一人で撮った写真なんですよ」
……友人の震える声をワシは遠のいていく意識の中で聞いていた。
 
 
以前から、ウツの正体についてはワシなりに研究してきた。
自分ではない何かがくっついて「ウツ」の状態になるのではないかと。そして、それは、自殺した幽霊なんかの時もあるけど、本当は「ふさぎ虫」の仕業なんだよーっと。
けれど、ほんとは、自分でも確信があったわけではなかったのだよ、明智君。不成仏霊などの「憑依現象」でウツの状態になったり、否定的なエネルギーに支配されて、ウツ状になるから、寝る前にはちゃんと歯磨きをして気をつけようねー、くらいに考えていたのだ。
だけど、本当に「ふさぎ虫」はいたんだよ……。

あるBLを学んでいる、ちょっと不思議なオーラの香りのする美青年から、最近、体の調子がおかしいのだと聞いた。
突然、身体のあちこちに湿疹が出来、とても痒くて辛抱たまらんのだと言う。
最初、蚊に咬まれたように膨らみ、それが、数分後には5センチ以上に腫れ上がっていく。そして、痒みがどんどんと増し、為す術もなく苦しんだ後に、その腫れは跡形もなく消えていくのだという。しかも、40度近い高熱が全身から発し、人がそばによるだけでモワーッとサウナの中にいるように熱く感じるらしい。シャワーを浴びて、バスタオルを頭に巻くとホットタオルかと思うほど熱く、湯気が立つのだという。それが、もう30日以上も続いているという。
 
それを聞いたとき、どんな奇病にかかったのか? と危うんだ。近づかんとこうっと。皮膚病とちゃうのん? カイセンとか何とか。それとも、どっか内臓の障害によるものではないか?
と、ワシはごっつうイヤな感じがして冷たく言い放った。しかし、Body Lighteningでオーラを探ってみても、何も感じられない。少なくとも、身体の表面では、である。しかし、身体から20センチほど離れた辺りで、何か柔らかい綿のような感触が、しかも、イヤな感じがした。
ワシは、知り合いの魔女っ子マコちゃんに聞いてみた。彼女は、いろいろと人に見えないものが「視える」のである。たとえば、赤信号で待っているとき、「私には見えます。もうすぐ青信号に変わりますよ」と予言し、見事に当ててしまうのである。
彼女が観察すると、「こんなん出ました」と教えてくれた。オーラの一番下層のエーテル層(肉体からもっとも近いオーラフィールド)に何かが這い回っている! ような気がする、と。
「それ、どんなん?」と聞くと、直径5センチほどの、短い足が幾つもあるゼリー状の生物だと言う。それがオーラ体に付着して、うごうごと動いているというのだ。キモッ! 
もちろん、その姿は肉眼では見えない。
魔女っ子マコちゃんは言う。
「これが人間のオーラに侵入すると、その人はどうやら“死にたい”という気持ちになるみたいです」
 
ワシは、かつてウツ病が全世界的に広がり始めたとき、アメリカのアホな学者が唱えていた仮説のことを思い出していた。
ウツ病ウィルス説である。ウツ病は何らかのウィルスによって感染するんやと。そして、それは、もしかして、中東か大阪で開発された生物兵器やないか、と。

だが、ワシは、その「とんでも説」を鼻で笑っていた一人であった。
「んな、アホな! それやったら、前に聞いた“ふさぎ虫”の話は本当やったんか」と。
しかあし、である。魔女っ子マコちゃんの言うことに間違いはない。
「じゃあ、なんでアイツのオーラには侵入でけへんのや?」
そう質問すると、マコちゃんはにっと笑って言った。
「ムシの好かん奴!」
タンスにゴンかい?
「オーラに侵入できない代わりに、その虫の出す電磁波みたいなものがエーテル体に異常反応を起こして、皮膚にジンマシンのようになって現れるんとちゃいますやろか?」
虫には、2本の長い触手があって、右の触手がネガティブなエネルギーを捜すセンサーで、左がオーラを傷付けて穴を開けるものだという。そして、お尻の側に星からの周波数でも受け取ってる様なチップがあるんだと。
「星って?」
「たぶん、惑星プ○○○ス○だと思いますが……」
ワシの理性が反発した。話が、とんでも話の方に行こうとしている、と。しかし、同時にこうも思った。
「そうか……、ワシが前からニューエイジや精神世界の人間が嫌いなんは、そのせいやったんかい」
だから、「とんでも話」は嫌いなんじゃ、と。
そのとき、突然、長屋のご隠居さんがやってきて、たしなめた。
「まあまあ、そないなこと言うもんやない。あの星団にも、ハト派とかタカ派みたいなもんがあって、地球人の事をごっつう怖いと思ってそないな過激な事をしたもんもおるんやろ。まだ進化の段階にある星やさかい、大目に見てやんなさい」
「へい、ご隠居」
なんで、そんな星から、その「ふさぎ虫」が来たのかはわからんけれど、来たもんはしゃーない。そうワシらは納得するしかなかったが。
  
それから、数日が経っていた。
観察していくうちに、いろいろな事もわかってきた。
「ふさぎ虫」は、人間の暗いエネルギーを好んで食べること、また、白砂糖に含まれる物質にも惹かれて来ること、である。思わぬ処で、白砂糖の害の秘密を見てしまったような感じがした。そう言えば、犯罪を犯してしまう人は、異常に甘いものを摂っていたことが統計的に出ているのだ。
ただ、「ふさぎ虫」が暗い感情を食べてくれても、人間は明るくなるどころか、ますます暗くなっていき、最終的には「死にたい」という気持ちに支配されてしまうのは何故か?
それは、暗い感情を出し続けてもらえないと餌がなくなるから、である。「ふさぎ虫」の出す電磁波が脳内に働きかけて、潜在下の悲しい感情や憎しみの感情を増幅させるのである。
そして、驚くべき事に、その「ふさぎ虫」は、すでに肉体を持たない幽霊にも侵入して、エネルギーを吸うのである。つまり、一般の人たちが、ネガティブな感情の霊に取り憑かれて、自殺願望などに苦しめられている時、もしかすると、その幽霊も、「ふさぎ虫」に支配されて苦しみ続けていた、という二人羽織のような話なのである。

「ふさぎ虫をふさぐ、いや、防ぐ方法は?ワトソン君」
「お代官様、太陽に当てると、ふさぎ虫は、どんどんと縮んでいくようです。そして、お水をたくさん飲むこと。そうすれば、エーテル体が強く輝いて、侵入できなくなるのです」
なるほど! ワシは思わず膝をポンと叩いてしまった。我が意を得たり、である。
ウツになった人は、たいていカーテンを締め切ったり、暗い部屋に閉じこもったりする。また、昼間は寝ていて、夜になると活動するようになる。それは、太陽を嫌っていたんかい、と。そして、水の大切さ、が改めて問われる。よくマクロビオティックの人は、「水は陰性やから」と飲まないように勧めたりする。

しかし、すべてをエネルギーで捉える霊学を究めたワシに言わせれば、水こそは、陰陽中和した、中庸の食物である。熱すればお湯になり、冷やせば凍る。しかし、どんな状態の時でも、陰陽は変わらない。それは、水が半物質の霊的な属性を持っているからだ。

「太陽の光の中で、生命を育む光があります。それが、虫にとっては、大の苦手のようです。BLには、秘密の技がありますよね。あれならば、太陽の命を育む光を人の身体に照射できるように思いますけど……、ちょっと、聞いてますう?」
「えっ、秘密の技って、そんなんあったっけ?」
その時、マコちゃんのコメントに答えるかのように、かいかいに悩まされている青年から、メールが入ってきた。
「せっかくの美尻がクラゲに刺されたみたいになって、もうTバックが履けない!」
そっちかい! 
「この生物は、とても古くからいる生物のような気がする。何十億年も進化しないまま、暗いエーテルの海の中を漂っていたんだ。僕が、この生命体を自分のオーラフィールドに閉じこめたまま、中にも入れないで、外にも出さなかったのには、観察するだけでなく、もっと他の意味がある、ような気がしていたんだ。もしかすると、この虫は、“進化”したがっているのではないかな」
青年は、遠くを見つめたままつぶやいた。……ように、ワシはメールを見ていて感じた。

しかし、意表を突いたコメントにワシは、「進化ぁー、何言うてんねん。こいつらは、人類の敵やぞ。進化して、さらにやっかいなもんになったら、どうすんねん?」と怒りの感情に支配されかけた。すると、ワシのエーテルに「ふさぎ虫」の近づく気配が。「ううう、すんません。怒ってまへんて。いつもニコニコ心霊写真でーす」と、ふさぎ虫を追っ払いながら、考えてみた。
 
何十億年も進化できなかった原始生物が、それを望むのか、と。ならば、第一世代では無理でも、第二世代ならば、「人の暗い波動を食べて、光に変換する」事のできる生命体へ進化できるかもしれない?そう思えてきたのである。
虫達の波動は、一番低いラ音に近い。高すぎるラ音を送ると分解してしまう。一つ上のラ音の振動を送りながら、虫達に呼び掛けてみようと。

それから、青年の身体に変化が起こり始めた。
小さな湿疹が身体に無数に現れたが、今までのように痒みを感じないのだという。
 
青年からメールが届いた。
「—– おはようございます。例の“ふさぎ虫”は昨日のお昼に太陽の光を食べた時から、3ミリくらいの大きさに縮み、その後は侵入しようとしなかったのか、新しい痒みはないまま、夜もぐっすりと眠ることができました(前に噛まれた所はまだ痒くて、跡が痛々しいけれど、時間の問題かな)。そして、昨夜、第二世代の進化が成功したようです。最初はエーテルの中で、カプセルに入ったような状態だったのですが、高音域のラ線音を送ると白く光るのです。そして、みるみるうちに孵化したように、白く光る楕円形の発光体になりました。始めは米粒くらいの大きさだったのですが、ラ音を吸収して成長し、一瞬で5センチくらいの大きさになりました。もはや、虫ではなく、精霊のように感じます。始めは、以前のふさぎ虫ではないかと、用心のために、ふさぎ虫が嫌がった太陽光線を当てたら、より元気になって、分裂し、増えていったのです。そして、痒みの波動を放射している身体の各部に散って、その箇所を健康な状態に修復しだしたのです。その精霊は、ふさぎ虫の波動に引かれて、それを吸収して成長するようです。吸収された“ふさぎ虫”の方は、精霊に同化されていくようです」

ワシはあまりの事に唸ってしまった。文字数多いから、メール代が高いやろと。
長い宇宙の歴史の中で、何十億年も進化できなかった原始生物、奴隷のように使われるだけだった虫達が、初めて進化出来たのだ。それが、今回のミッションだったように思う。
もしも、痒くて気が狂いそうで、嫌悪だけの感情だったのなら、本当の目的は達せられなかったかのではないか。
愛の実践の困難さ。「汝を苦しめる者を愛せよ!」と、あの方も言うてはったやないか!

ウツ病に苦しむ人達を助けたい、痒みと寝不足で自分をさんざん苦しめた相手を「進化させたい」という願いを持てるかどうか、それが宇宙が仕掛けた二重三重の計画だったとしたら、ギリギリで成功したと言えるのではないか、と思ったのである。ミッション・コンプリートでんがな、と。

光の精霊達は、次々と宇宙空間に飛んで行ったという。
やがて、無数に増えた精霊がウツ病に苦しむ人間だけでなく、幽霊として浮遊する者たちにも働きかけて、闇を吸収して光に変えていくように思うのだ。

そのことを思うと、ワシは祈らずにはいられない。
エロイムエッサイム!