お告げ – 08

人間どこでも住めば都はるみ! 噛めば都コンブ!

諸君! 諸君は普段どんな食事の仕方をしているのであろうか? 
ちゃんと、ご飯を噛んでいるや、ありやなきや? いまそかり。
じつは、私は、ある事件がきっかけで、食べモノをものすごく噛むようになった。
どのくらい噛むのかというと、気の済むまで噛む! としか今は言えない。
だが、「どうしてそんなに噛むのか?」と人が問えば、「そこに食べ物があるから」と答えるのはやぶさかではない。

先日も、ある天ぷら系のお店に入った。
長いカウンターの一席に座った途端、「へい、らっしゃい!」と威勢のいい声がかかる。
続いて、どん! と目の前に大きめの湯飲みに入った熱いお茶が置かれた。
それをズズゥッと飲みながら、私は遠くを見るような目で「かき揚げ丼!」とおもむろに注文した。
じつは前から、その店ではそれを食べようと計画していたのだ。
やがて、具の少ないみそ汁と一緒に、かき揚げ丼が登場した。
小エビとイカ、カボチャにインゲン豆と三つ葉の揚げ物が渾然一体となって、ご飯の上に乗っている。
私は、箸を取って、上から天ぷらを箸で切りながら、下のご飯まで一気に削り取り、口の中に運んだ。
天ぷらの香ばしいかおりとご飯にかかった甘辛いタレ醤油のにおいが口の中いっぱいに広がった。
普通なら、そのまま頬ばって噛みながら飲み下してしまいたい衝動に駆られる。
だが、私はそれに耐えた。耐えぬいた。
それどころか、箸を置いて、丼をカウンターの台に戻したのである。そして、口の中で咀嚼し始めた。
両方の指を折って数えながら、噛むことおよそ100回。
ご飯も天ぷらもミキサーのようにクラッシュされ、そこに噛むことによって抽出された唾液がからまり、オカユ状に変化していく。
すると、不思議なことに気がついた。天ぷらに使われている油の「悪さ」が口の中に広がったのである。きっと、今までのように呑み込んでいたら、気づかなかったろう。エビの旨さもイカの旨さも、三つ葉の香りもカボチャの甘さもちゃんとあるのに、である。ただ、油のしつこさが強調されていた。(しまった! 高級料亭に入ったのではないことを賢明な読者に悟られてしまった!)

それからも、一口食べては箸を置いて噛み続けた。
噛めば噛むほど、油のしつこさが口の中に漂った。
けれども、元来食べ物を残すのが嫌いな私は、根気よく噛み、食べ続けた。
……だんだんと苦行僧のような気持ちになってきた。
そのとき、ふと、誰かの視線を感じた。
見ると、カウンター越しにアルバイトの店員や調理している兄ちゃんたちがじっとこちらを見ている。
なぜだろう、なぜかしら? 
そう思ったが、心当たりはなかった。
ただ一つ不思議なことに気がついた。
私の隣に後から座り、私の「かき揚げ丼」よりも安い「天丼の並」を注文していた若者の姿がないのである。たしか、私が最初の一口を頬ばった時に、彼の前に安い「天丼の並」が置かれたように記憶している。
いつのまに? といぶかったが、あたりを見回してみて、さらなる事実に気が付いた。
最初入ったときにいた客が誰一人もいなくなり、見知らぬ人たちが座っていたのである。
その一人を見て、突然、原因がわかった。それは、天丼を食べているほとんどの客が、よく噛まずに呑み込むようにして食べているのである。これでは、勝負にならない(?)。
結局、私が食べ終わるまでに、カウンターの客が三回入れ替わった。
この「天丼屋」での食事が私にもたらした教訓は、「良く噛む」と、本当の味がわかるということと、他の客や店の人たちに「変や奴」と見られるということだった。
 
 
昔から、「人間、噛めば都コンブ」と云うように、噛むと誰でも口の中に唾液がにじみ出る。
その唾液は、食べ物を胃で消化する前に、下ごしらえをしてくれる。どんな下ごしらえなのか? それは、「毒消し」である。
「およそ唾液ほど、強い毒消しはない」と言ったのは中国四千年の流れを汲む料理人だったと思うが、唾液には各種の酵素が含まれる。その中にはパロチンと呼ばれる「若がえり」の酵素もある。
唾液に含まれる酵素は、一種のセンサーでもある。自分の体の状態に応じて、食べ物から必要な栄養素を引き出す酵素を算出するのである。というのは、人間の体の中でも、「元素変換」が行われて、体の健康を維持していくのに必要な栄養素を創り出すからである。
だから一般に、体内では作り出すことができないと思われて錠剤で飲んできたビタミンEなども、食べ物を分解して創り出すことができるのである。その時に力を貸すのが、唾液の中の酵素たちである。胃の消化吸収作用、腸の消化吸収作用に合わせて、食べ物をできるかぎり効率の良い状態に下ごしらえする。
もちろんそれには、「噛む」という力学的作用も見逃すことができない。噛むと、食べ物をクラッシュする。細かく砕いて、消化しやすくしてくれる。また、噛めば当然、熱エネルギーも発生する。それは、噛むことで食べ物の「分子」が運動するからだ。その熱エネルギーが、時には腐敗菌などの雑菌を殺し、無害なものにもしてくれる。
さらに、「噛む」ことで顎は上下運動、左右運動をくり返し、筋肉を発達させて頬のたるみを防ぐという物理的な「若返り」効果もある。また、顎の運動による振動で、脳が心地よく揺さぶられ、血液の循環が良くなる。動脈硬化やくも膜下出血などを防ぐのにも役立ってくれる。脳の運動は、自立神経を刺激し、ホルモンバランスを整え、体の隅々にまで、正しい機能を伝達させる。また、脳自体の細胞も活性化させ、「考える」力や「理解力」をも発達させる。中には、「読心術」や「予知能力」も発達すると言う説まである……。
まさに、「噛む」ことは健康の第一歩と云われる由縁である。昔の人が、『水でも噛んで飲みなさい』と言ったのもうなづける。
これからは、諸君も食事の時に「よく噛む」習慣を持つといい。
食べ物の本来の「うまみ」がよくわかるようになる。
だが、大切なことがある。
食事中にテレビを見たり、新聞を読んだりしてはいけない。知らず知らずに目を酷使するために、噛む行為がおろそかになり、食べ物をおいしくする酵素も出ない。第一、食べ物に対しても失礼である。ヨーロッパなどでは食事中は楽しくお話ししながら、と言うが、よく噛んでいたらしゃべれるものではない。何を考えとるのか! 
 
最後に、「噛み行」を続けている私から一言。
ラーメンを噛むと死ぬほどまずいぞ! 冷めるわ、麺は伸びるわ、カンスイの匂いはするわ、で、あまりお奨めできない。
噛んで一番うまいのは、今のところ無農薬の「玄米」だな。
ところで、君も「噛み噛み教」に入らないか!