子どもの心は、風と同じ。目には見えないけれど、感じることはできる

〜「一瞬で人生を変えるヒント」より〜

 みんな忘れているものの一つに、自分が子どもだった時のことがある。あの頃、一年が今よりもずっと長かった頃、私たちは、どんな事を考えていたんだろうね。

 それなりに、一生懸命だった気がするけれど。

 今、自分の子どもの気持ちや、思っていること、ちゃんと「わかってる」って思える人はどのくらいいるだろうね。

 「……たぶん」って言える人がいたら、凄いと思う。「さっぱりわかりませんわ」という人の方がほとんどだと思うから。「いったい、何考えてるんだか……」って言葉をよく耳にするもの。もしかしたら、向こうの方でも、「大人は、わかっちゃいないんだから」と思っていたりするかもしれない。

 よく、「さあ、何でも言ってごらんなさい」と、子どもを前にして言う大人がいるけれど、そんな時、子どもは何にも話してなんかくれない。それは、風を捕まえようとする行為だから。機転の効いた子なら、大人が喜ぶような「話」を作ってしまう。

 風を楽しむんだ。目を閉じて、ザアーッと竹林を渡ってくる風を耳で追いかけるように、ね。あるいは、麦畑の穂をサーフィンしていくのを遠くから眺めるように。

 それは、姿勢としては、何も構えない、自然体。どっちかって言うと、その子の隣に、トトロのようにぼーっと突っ立って、一緒にいる感覚、かな。子どもが風ならば、大人は、そこに吹いていきたくなる竹林や麦畑、あるいは風車になればいいのかな。

 その時、子どもは、自分の思っていることや、感じていることを、それこそ、ポツリ、ポツリと話してくれるかもしれない。「……あのね、あたしね」って。

 子どもの心は、大人が思っているよりも、柔らかく、傷つきやすく、でも、び伸びと拡がれば、宇宙まで届いていく。そんな子どもたちから、大人は、「学ぶ」事がいっぱいあるさ。さあ、今日からは、何気なく、隣に座ってみようよ。