日だまりの夢

〜「夢わたり」より〜

 縁側で日なたぼっこをしながら、気持ち良さそうにネコが寝ている。

 隣には、チリメンの座布団に座ったおばあさんが、やはりこっくりこっくりと居眠りをしている。おばあさんの膝には、印を結んだような両手が置かれ、その手に茜色に色づいた蜜柑が二つ、今にもこぼれ落ちそうになっている・・・・・。

 昔、どこかでこんな風景を見たように思う。どこなのかは思い出せない。子どもの頃に見たのか、それとも、テレビや映画などの場面の記憶なのか。

 およそ、友人たちと一般的な「日なたぼっこ」の風景について話すと、驚くほどみんなの記憶が酷似していることに気づく。もっとも、ディテール(細かい部分)は違っていて、ネコが白いイヌだったり、おばあさんがおじいさんだったりする。みんなが同じ田舎体験を持っていたり、縁側のある家に住んでいたわけではないから、きっと、どこかで通じ合う共通体験があるのだろう。駄菓子屋のおばあさんが、どこの町でも似たような顔になっているのと同じ現象らしい。

 ともあれ、自分が日なたぼっこをするなら、やはりそんな状況でしてみたいと思う。季節なら、春か秋。時間は、お日さまがあたたかい光を投げかけてくる昼下がり。風も冷たくなく、できれば、そよ風程度は吹いていてもらいたい・・・・・・。場所は、家に縁側がなければ、小さな子どもと母親が遊ぶ公園のベンチだったり、湘南の鵠沼海岸あたりの砂浜を見下ろす石段だったり、あるいは、うんと贅沢に、豪華客船のサンデッキのデッキチェアにもたれて…..。

 ところで、ご存知だろうか?「日なた」の力を。

 「日なた水」というのがある。金ダライに水を張って、日だまりに出しておく。普通は温水器のように、ただあたたかくなるだけだと思う。ところが、その水はいつまでも腐らない。また、その水で洗濯すれば、洗剤もなしにきれいになるという。

 日なたの光は、匂いも除去する。布団や座布団を干すと、ダニ退治やカビ退治になることは誰でも知っているが、匂いまで”お日さまの香り”になっていることに気づいているだろうか?日なたぼっこをしているネコの匂いさえ、変化しているという。これは、太陽の光の不思議の一つである。

 フランスの化学者ルイ・ケルブランの言うように、植物はその構造自体が、光合成で生育に必要な養分を作り出す、原子転換の装置だと言っていい。実は、人間もわずかではあるけれど、光合成の機能を持っている。それを「光ホルモン」と呼ぶ学者もいるが、もっと単純に、私たちの肉体自体が光をエネルギーに代謝させて吸収しているのだ。現在の私たちは、まだ太陽の光を食べるだけでは生活できないけれど、もし、光合成を植物レベルまで働かせることができるようになれば、世界から飢えは消えるにちがいない。実際、第二次大戦中に、捕虜になってシベリアの牢獄に拘留されていた人が、口を開けて朝の太陽の光を食べ続け、命をつないだことがあったという。

 中国には、「弊空(べいくう)」と呼ばれる、「気」だけを食べる気功の修行法もある。何日も何も食べなくても、元気でいられるという。人間の肉体と同様に、太陽の光や空気についても、私たちは本当のことを何も知らない。

 太陽の光には、私たちに見える可視光線だけでなく、紫外線や赤外線も含まれている。

さらに、生命を育む磁力線のようなものもある。それを「バイオプラズマ」と呼ぶ人もいる。

 今から2000年も前に、「太陽は熱くない」と主張した近代天文学の父、ウイリアム・ハーシェルは、太陽の赤外線が地球の大気に触れて熱を発生させ、地上をあたためるのだと言った。その説は、現在の天文学では頭から否定されている。NASAの観測では、太陽は表面温度6000度の「ものすごく熱い」星なのだ。だが、「水があった」(1995年の「サイエンス」誌)とか、「大地が観測された」と言う科学者たちは後を絶たない。

近年、火星も従来の通説の「赤い死の星」ではなかったことが、次々と証明されている。

なぜ、太陽のまわりを惑星が回っているのかを、説明できる科学者はまだいないのだ。太陽の本当の姿も、科学の進歩と人類の謙虚さの前に明かされる日は近いだろう。

 「日だまり」は、科学的に見れば、太陽の赤外線によってあたためられた地面が、地面近くの空気をあたため、そこに「あたたかい日だまり」を作っていたのである。

 だが、そこで不思議と心が安らぐのは、あたたかさだけでは説明できない”何か”があるのだ。仏文学者の芹沢光治郎さんは、早朝の太陽の光の中で二週間、願い事を唱えれば、叶うと言われる。そして困ったときは、いつも太陽に相談された。私たちも、もっと太陽に向かおう。

「ほらほら、お天道さまが見てござる」