集中力は、解放された気配の中から一番生まれやすい
〜人生を変えるヒント3より〜
最近は、人間にとって集中力がいかに大切で、どうやれば日常的に引き出せるかの訓練法などを教える人が増えてきた。仕事や勉強だけでなく集中力は生活のさまざまな処で要求される。例えば、火にかけたお鍋がふきこぼれた瞬間の対処の動作は通常の何倍も機敏になる。それも集中力である。災害や事故などが多くなっている世の中では集中力は生存の要ともなる。
集中力を発想ゲームや腹筋運動などで養うのも確かに有効な方法だが、もっとラクしたい人のためにお奨めしたい道がある。それは、散歩である。ただ無目的に歩くのが、とてもいい。人間は放っておいても何かを考え続ける。座禅のように、何も考えないようにするのが一番難しい。散歩していてもやはり何かを考え、想いながら歩くことになる。だが、歩いていると内側の思考とは関係のない光景が意識するしないに拘わらず飛び込んでくる。そんなとき、人は外の世界と内の世界という二重螺旋のような構造の視点を生きているのである。そのときの心は解放され、リラックスしているのだ。
多くの人は、集中力は文字通り、何かに集中することだと考えている。だが、笑いが緊張の中では生まれず、その後の緩和から出るように集中力も集中しなくなった瞬間が一番発動しやすいのだ。よく、何かを思い出そうとして喉の所まで出てきているのに思い出せないもどかしさを感じたことがあるだろう。ずっと考え続けても思い出せない。なのに、あきらめて忘れている、ふとした瞬間に思い出したりする。縮められたバネが解放されたときに一気に拡がるのと同じ意識の拡大である。集中力はそこから生まれる。そんなとき、人は宇宙の叡智のすぐ側にいるのだ。