お告げ – 136

大(タイ)ム魔神にお願い……

「神さま、どうか○○○が成りますように!」
「希望の○○○に入れますように!」

ずいぶんとごきげんやす。京都のオバハンどす。今年の初詣はどないどした。
東京の明治神宮や鎌倉の八幡宮は、ものごっつい人出やったそうどすなあ。
京都でもあっちこっちの神社はんで、そらもうえらい人混みどした。

破魔矢の数も吊した絵馬の数も半端やおへん。
人の願いには、際限がないさかい。
神さまも大変どすなあ。

大昔に、「求めよ、されば与えられん」て太っ腹な約束しはるさかい、人間が何でもかんでも願うんどすえ。

けど、もし、神さまやーと思うて願い事して、「その代わりに何くれる?」と言われたらどないします?
あんさんの願い叶えたげる代わりに、あんさんの大事なもんもらいまひょか? なーんて言われたら?

そこの人。今、変に納得しはったな。
「やっぱり、何かを得ようと思ったら、何かを犠牲にしなければならないんだ」と。
アホな事言いなはんな。神さまはそんなケチな存在やおまへんで。
Give and Take と交換条件出すのは、神さまやのうて、みんな魔神どすわ。
 
なんで? いつから自分は魔神に願い事してたん? って疑問に思うでしょ。
それはなあ、身内の病気やった誰かが元気になったり、希望している学校や会社に入れたら、その神を讃えたり、有り難がったりするでしょ。けど、身内が病気になったり、希望した処に入られへんかったとき、神を恨む、あるいはけなしたりするやん。
そんなお人はな、神さまを信じてるんやのうて、モノを信じとんねん。神さまを求めてるんやのうて、自分に都合のええシルシを求めてんねん。
せやから、それは結局、魔神に願い事をしてるのと同じ。魔神は、人の執着が大好きどっせ。
自分から、Give and Takeの世界に飛び込んではる。 Give and giveがすぐ傍にあったのになあ……。

それからな、「求めよ、されば与えられん」のほんまの意味はな、「自我の求めるもの」やのうて「魂の求めるもの」なんやで。その願いが魂の進化に必要、あるいは役立つ願いなら、ちゃんと叶えてくれはるんや。

あんさんの願い事、叶うとよろしなあ。
今年は、見たくないもの、聞きたくないものも受け取ってみはったらどないどす?

あっ、また余計なこと言うてしもた! 
 
   
2011年1月13日(木)晴れ
……松の内が過ぎても正月気分? っていうか今年は、あんまり正月らしい気分ではなかったように思うよ。
だけど、東京は、去年の28日くらいから、今日までずっと晴れ続き。これって、やっぱり異常でしょ。
富士山の地下、ずいぶんと振動が激しくなってるみたい……。