今週の言葉 – 05

私たちの人生も、宇宙から見れば
まばたき一つの「一期一会」である

美しい映画は、何度見てもいい。
先日もテレビの洋画劇場で、また『フォレスト・ガンプ 一期一会』を観てしまった。
まだ観たことのない方のために、少しだけ説明すれば、フォレスト・ガンプという、少し知的な障害を持って生まれた男の子が、さまざまな「世の中の困難に見える出来事」と出会い、成長していく物語である。
ガンプは、みんなから「バカだ、バカだ」と言われる。けれども、彼は、母親から教わった言葉で言い返す。
「バカをする人が、バカです」と。
彼は、自分の「障害」を受け入れ、次々にやって来る「運命」を受け入れる。
画家の葉 祥明さんは、タイトルシーンで流れる「風に舞う羽毛」は、ガンプの生き方そのものなのだと言う。運命を素直に受け入れている姿なのだと。だから、「一期一会」というタイトルは本当によく付けたものだと感心されていた。
 
「一期一会」(いちごいちえ)は、茶の湯などで説かれる「心構え」である。
昔、戦国時代の武将達は、合戦の合間に点ててもらったお茶を飲み、これから死にゆくかもしれない己の運命を受け入れる心の準備を整えたのだという。また、友との「今生の別れ」の無言の確認でもあった。
「今のこの出逢いは、最初で最後かもしれない……」
そんな想いと覚悟の心が、「一期一会」となった。
たとえ、いつも逢っている相手でも、この瞬間は、「ただひとたびの……」ものである。
 
今、あなたの目に映っている風景もただひとたびのものなのだ。
相手が親や子どもであっても、「一期一会」で接したい。いつ、何があるかわからないから? そうではなく、万物は常に「変化」していく存在だからである。
あなたの知っている親や子どもも、「記憶の中の存在」なのだ。あなたが、昨日と今日とでは、少しずつ違うように、すべては、刻一刻と変化していく。
いつも新しい自分と、新しい相手と出会う、そんな心がけが「一期一会」を生む。
そして、できれば、自分自身に対しても「一期一会」でありたい。
 
何光年、何億光年という星々の距離を持つ宇宙から見れば、人の一生など「一瞬のまばたき」である。
「人生五十年、化転のうちに比ぶれば、夢まぼろしのごとくなり……」と平篤盛(たいらのあつもり)の詠ったように、たとえ何百年生きたとしても、宇宙的な時間軸の中では、一瞬のきらめきである。
そして、あなたの長い「転生」の中でも、今生はやはり「一瞬」なのだ。
辛い人生や、悲しい人生も、そして、幸福な人生も、あなたの「進化」の中で起きた、お芝居の「一幕」のようなものだ。
ならば、私たちもガンプのように、どんな人生も「すべてのことに意味があるのだ」と受けてみようではないか。そして、どうしようもない事や辛い記憶は、さらりと受け流してみよう。
自分に起こっている出来事を客観的という視点を超えて、遠い宇宙から眺めるような気持ちで見つめてみよう。
「一瞬の出来事」は、私たちに何を教えようとしているのか、それを「宇宙の計らい」として……。
 
映画『サイモン・バーチ』のサイモンも、星空を眺めてつぶやくのだ。
「神様は、私たち一人一人に計画があるのでしょう……」